母から受けた呪い

僕には父、母、兄がいた。

みんなツワモノだ。

一般的な家庭であれば、どれかひとり紛れ込むだけでお腹いっぱいだろう。

 

父と兄の厄介さは分かり易い。

実生活にダイレクトにダメージを与えるパワータイプ。

母の厄介さは実に分かりにくい。

一見、優しくて苦労人な母だ。

直接的なダメージは見えにくい。

しかし、気付いた時にはHPがゴッソリ削られている。

毒、デバフ、状態異常タイプといった所だろうか。

父や兄にはツラい思いをさせられた。

しかし、最も僕を蝕んだのは「母」だった。

今回は、僕の母のお話。

偽りの優等生

父はアルコール依存。兄はガッツリと心を病んでいる。

このふたりは、毎日毎日飽きもせずに問題行動を起こす。

このふたりは我が家の問題児だ。

 

チッタは我が家の中では優等生の位置付けだった。

しかし、その「優等生」は偽りのもの。

僕は、「優等生」でもなければ「良い子」でもない。

我が家で「好き放題出来るイス」は、既に父と兄が座っていた。

だから好き放題出来なかっただけだ。

 

「トーさんとニーさんが好き放題やっている我が家で、俺まで好き放題やっては、それこそ本当に我が家は終わる。」

「イス取りゲーム」に負けた僕は「優等生」になるしかなかった。

なにより、母からの「呪いの言葉」によって「優等生」になる様に支配されていた。

初めての呪い

僕が初めて呪いの言葉で支配されたと記憶している出来事がある。

 

僕がまだ小学生にもなっていなかった幼少期の話。

当時、僕と兄は水泳教室に通っていた。

僕はこの、「水泳教室」がとにかく嫌だった。

全力で嫌がる僕に、母は「ちゃんと行ったら、お菓子買ってあげるから」と交渉を持ち掛けた。

食い意地の張った僕は交渉に応じた。

 

水泳教室の帰り道。

そこでお菓子を買って貰った時は、凄く嬉しかったのを覚えてる。

とても嫌だった水泳教室をやりきって得た報酬。

僕にとっては「ただのお菓子」ではなかった。

兄はお菓子ではなく「月刊少年マガジン」を買ってもらっていた。

 

家に帰り、僕は大事にお菓子を貪っていた。

ニーさん「俺もお菓子食べたい!!」

何を言っている?

君の報酬は月マガだろうが!?

断る!!

幼子達の可愛らしい喧嘩に、母が割って入る。

自分に非は無いと確信していた僕に母は言った。

カーさん「ねえチッタ、ニーちゃんもお菓子食べたいんだって。」

チッタ「でも、ニーちゃんはそれ(月マガ)が良いって…」

カーさん「そういう優しくないの、カーさんは嫌だなぁ」

 

この時の事は鮮明に記憶している。

とても嫌な対価を払い、得た報酬のお菓子。

「そんな大切なお菓子をニーちゃんにあげないと、カーさんは僕を嫌いになるの?」

初めて呪いをかけられた瞬間だった。

そんな事を言われては、あげない訳にはいかない。

断腸の思いで兄にお菓子を差し出した。

因みに僕は、それ以来「マガジン」があまり好きじゃない。

呪いの言葉

呪いの言葉と聞くと、攻撃的なものを想像するかも知れない。

「お前はダメだ」「なんでそんな事も出来ない」

これらは本当強い呪いだと思う。

しかし、優しい呪いの言葉もある。

「優しいから」「出来るから」「大丈夫だから」

優しい言葉でも、使い方次第ではとても強い呪いになる。

 

呪い呪いと言っているが、要は相手を縛る行為だ。

「ダメだ」「何で出来ない」と言われ続ければ、「自分はダメなやつだ」「どうせ出来ない」と、自分の行動に対して強力な足枷になる。

「チッタは優しいから」「チッタは出来るから」「チッタは大丈夫だから」と言われ続けた僕も、自分の行動に強い足枷をかけられた。

呪いの効果

母は兄に甘かった。

兄弟間での衝突なんてのは、どこの家庭でもある事だろう。

どちらかが譲らなければならない。

「兄なんだから譲れ」なんて事を言う気は一切無い。

論理的に非がある方が、時には順番で譲り合えば良い。

しかし、我が家では常に僕が譲り、折れる立場だった。

例を挙げればキリが無い。

兄には買い与えられ、僕には何も無し。

僕が必死に交渉して、対価を払って得たはずなのに、気付くと兄が対価無しで得ているなんてザラにあった。

 

そんな時に呪いの言葉が出るのだ。

「チッタは優しいから譲ってあげられるよね?」

「チッタは我慢出来るから。」

僕が本当にツラい時、同時に兄にも問題が発生すると「チッタは大丈夫だから。」

優先されたのは、いつも兄だった。

 

そう言われ続けた僕はこうなった。

  • 優しい訳じゃないのに、譲らざるを得ない。
  • 本当は嫌で仕方ないが、我慢せざるを得ない。
  • 本当は倒れそうなのに、倒れてはいけない。

自分の意思に足枷をかけられ、自分の意思では動けない。

母の意のままにコントロールされた、偽りの優等生が出来上がる。

これが、僕が受けた呪いの効果だった。

蝕まれる心

僕が10代後半から20代前半頃まで、僕の出費には不可解な項目があった。

兄の携帯料金だ!!

兄の金遣いは壊れている。

母の収入では賄いきれない。

母は兄に甘い。

兄に我慢してもらうという選択肢は無い。

毎週毎週、母から僕にお金の催促が来る。

初めは催促という形を取っていたが、いつの間にか兄の携帯料金は僕が払うものになっていた。

最も憎んでいる相手の為に、月の何時間かを働いていた!!

それは僕がひとり暮らしをしても続いた。

 

その頃の僕は、「表面的」には兄の支配から逃れていた。

兄と衝突しそうになるのだけど、その度に母は呪いの言葉を僕にかける。

僕は従うしかなくなる。

「兄の為の労働時間」ってのは、激しく僕の心を蝕んだ。

しかし、最も僕の心を蝕んだのは、母の行動だった。

  • 兄の為にお金を出さなければ、母は苦しむ。
  • 憎しみの対象に、僕が稼いだお金を出す。

僕は「お金を出しても」「お金を出さなくても」苦しむわけだ。

この状況は、心理用語で「ダブルバインド」や「二重拘束」というらしい。

要するに「どっちに転んでも痛い目しか見ない選択を迫られる」状況をいう。

この「ダブルバインド」を、母は僕へ、幼い頃からかけ続けた。

「ダブルバインド」は、僕の心を蝕んだけど、何より僕がツラかった事は、母が兄を守ろうとした事だった。

母親という属性

カーさんはニーさんを守るの?

カーさんや僕を苦しめるやつだよ?

ニーさんが僕を殴ってた事は話したよね。

それでも僕に我慢しろって言うの?

僕は優しいから、あのクソ野郎の為に働かなきゃいけないの?

僕はこんなにボロボロだよ。

あのクソ野郎の事は守るのに、僕の事は守ってくれないの?

 

今でこそ、当時の気持ちを言語化出来る様になった。

当時は、実態の掴めないドス黒いモヤが心を縛り付けるだけ。

なんで苦しいかも分からずに従うしかなかった。

「母親」という属性は厄介だ。

どれだけ「無理難題」を押し付けられても、どれだけ酷い裏切りをされても嫌いになり切れない。

表面上では「嫌いだ」「憎い」と思っていても、最も深い無意識下では嫌いになりきれない、憎みきれない。

「僕の母」の事は嫌いになっても、「母親」という属性の事は大好きで、愛されたいんだ。

母の行いに傷付けられ、「もう嫌だ!!」と、離れて行きたくなる。

だけど、無意識下の「母親」に愛されたい気持ちのせいで離れられなかった。

 

母は僕を愛してくれていなかった訳じゃない。

寧ろ、愛していてくれていたと思う。

けれど、僕の欲しかった欲求は満たしてくれなかった。

「僕を守って!」「僕を助けて!」

という欲求は、どれだけ母に尽くしても満たしてくれる事はなかった。

これは「母親」という属性が僕にかけた呪いである。

離れたいと思う気持ちと、だけど離れられない気持ちで板挟みになった僕は、心が歪んでいった。

分かりにくい呪い

始めに書いた様に、父と兄から受けた被害はとても分かり易い。

「経済的」「精神的」「(兄からは)身体的」

僕のカラダや心が直接ダメージを受けているのを感じる事が出来た。

しかし、母から受けた被害は、とても分かりにくい。

実際、僕は20代後半頃まで気が付かなかった。

 

「目に見える」母から受けた被害といえば、金銭的な被害が多い。

毎週毎週、母から来るお金の催促はしんどいモノだった。

だけど僕は、「お金の催促」を「母からの被害」だと分かっていなかった。

 

母からのお金の催促が来ると、

  1. またニーさんの金遣いか!?
  2. またトーさんが脱走したか!?
  3. ヤツら(父と兄)のせいで、生活が苦しいからか!?

僕はこう考えた。

怒りの矛先を母ではなく、父や兄に向けていた。

「原因はヤツら(父と兄)だ!!」

「僕だって苦しいけど、母を助けなきゃ!!」

こう思った。

 

しかし、これは少し間違っている。

父と兄の事でお金がかかるのは、「僕の問題」ではなく「母の問題」だ。

父の問題にはウンザリしていたし、関わりたくない事を母には言ってあった。

兄を無理矢理入院させようと計画を練ったけど、母に泣いて止められた。

現状を変えたい僕の気持ちを知っていながら、母は僕に「金銭的」な援助を求めていたんだ。

父と兄にお金を使うのは、母の勝手だ。

ご自分の経済力で賄っていただきたいのが僕の本音。

だけど、いつもの「呪い言葉」で、僕は従うしかなくなってしまう。

 

「チッタには本当に悪いと思ってる。」

「チッタはちゃんと自立出来てるから。」

「チッタは優しいから。」

母は優しい口調で、僕に呪いの言葉をかける。

こんな事を言われたら、助けないわけにはいかないじゃない。

 

当時の僕は、母を「助けなきゃいけない」と思っていた。

だけどそれは、「助けたい」とは少し違くって、「愛されたい」「捨てられたくない」という気持ちだったんだと思う。

この差は大きい。

  • 助けたい

心から思う、自分が取りたい行動。

  • 助けなきゃいけない

本当はそんな行動を取りたくない。

その先の「愛されたい」「捨てられたくない」が欲しくて、しゃーなしで取った行動。

 

僕は完全に後者。

母を「助けたい」のではなく、「愛されたい」という欲と「捨てられたくない」という恐怖で行動していただけ。

ナゼこんなにも歪んだ大人になってしまったのか。

それは、幼少期から「優しい呪いの言葉」をかけられ続けたからだと思う。

「それをしなくちゃ、カーさんは僕を嫌いになるの?」

「優しい呪いの言葉」をかけられ続けたせいで、この気持ちを「そんな事はない!!」と、跳ね返す事が出来ないまま歪みに歪んだ大人になったのだろう。

 

僕の家にはダイレクトにダメージを与えて来るファイターが多かったせいで、ジワジワとHPを削ってくる曲者の存在に気付けなかった。

気付いた時には、僕の心は蝕まれ、歪み、「生きにくさ」感じていた。

母の「呪い」は実に分かりにくかった。

チッタの母

僕の母は、「苦労人」で「下ネタ好きの愉快な人」で「優しく愛情深い」人だと僕は思う。

問題の先延ばし癖があったり、他にも、まぁ、問題のある人だったけど、少なくとも僕への愛情を持ってはくれてただろうなと思う。

僕視点で「母」を単体で見れば、そう悪い母親ではなかったんじゃないかと。

母にも原因はあるけれど、父や兄が強過ぎた。

あの家庭状態の中で、1番苦労したのは母だろう。

 

僕はその事を分かっていた。

だから悩んだし、苦しんだ。

母がどれだけ大変であっても、僕だって「助けて欲しい」「守って欲しい」という気持ちがあった。

「ワガママ」だとか「親不孝」と言われたってしょうがない。

しょうがないじゃん。そういう「気持ち」があるんだから。

別に今更、「僕を助けろ!!」「僕を守れ!!」て言うつもりはない。

「そうだよね。」「助けて欲しかったよね。」と、自分の気持ちを受け入れてあげるのが大切だと思う。

そうやって、少しずつ心の傷が癒えた今思う。

「母親」の事は好きなんだろうなぁ。

2 COMMENTS

しもけん

このテキスト、最高傑作だと思います。
よく練られているし、非常に本質を突いていて分かりやすい。

書く時、自分の闇や恥部と対面し、分かりやすい文章にする為それらを何度見直す。
辛かったんじゃないかな〜と容易に想像できるわ。素晴らしい。

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titta31@

わかる?嬉しいわ。ありがとう。
トーさんやニーさんに対するモノは、「嫌い!」「憎い!」って、シンプルな感情だけだったから、「何が嫌だったんだろう?」「何がツラかったんだろう?」って考える、思い返すだけで話は進んだんだよね。
だけど、カーさんに対するモノは、本当に複雑だった。
「嫌だった事」「ツラかった事」を考え、思い返しても「ナニか」が邪魔をする。
その「ナニか」が「母親に愛されたい」「母親が好きだ」って気持ちに気付くのには、かなり大変だったし、しんどい思いもした。
その作業をして、それに見合うモノを得たと思ってるし、やって良かったと心から思うわ。

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