僕には兄がいた。
その兄から身体的、精神的に虐待を受けていた。
兄は小賢しい男であった。
人目につく時は精神的に。
人目につかない時は身体的に。
上手く使い分ける男であった。
母が専業主婦だった頃は、つねられたり小突かれたり程度で済んでいた。
母がパートに行くようになり、殴る蹴るといった明確な暴力になっていった。
父は仕事。母もパート。
学校が終わった二人きりの時間。
兄にとってのゴールデンタイムである。
「さぁ虐待(やろ)うか…」
兄は自分の欲望のままに弟を暴力でねじ伏せるのである。
しかし僕も、ただ殴られているだけではなかった。
密かにリスクヘッジしていたのである。
兄はストレス発散と支配欲を満たしたいだけなのだ。
身体的虐待欲が満ちれば、精神的虐待欲も少し弱まる。
精神的虐待欲が満ちれば、身体的虐待欲も少し弱まる。
その辺を理屈ではなく、感覚で察していた。
僕は兄を観察しながら、比率を測っていた。
深刻なのは身体的虐待。
僕だって怪我はしたくない。
殴られたくなければ、親の帰宅まで外に出ていれば良い。
心を犠牲にして、身体を守れば良い。
だが、それはダメだ。
バランスが大事なのだ。
兄は僕を身体的に、精神的に。
両方支配したいのだ。
精神ゲージを消費すれば、身体ゲージも少し減る。
しかし、身体ゲージはゼロにはならない。
身体ゲージを消費出来ない日が続くと、ゲージ増加も跳ね上がってしまう。
投資で言うところの、複利の効果である。
適度な身体ゲージの消費が必要なのだ。
精神的虐待ゲージは、放って置いても勝手に消費してくれる。
これは良い目安になった。
兄からの精神的虐待の度合いから、身体的虐待欲を測っていた。
慎重に。タイミングを測るんだ…。
殴られるのにベターなタイミングを見極めろ…。
身体ゲージが著しく溜まった場合どうなるか。
単純に暴力が激しく長引く。
何度か目測を誤り、酷い目にあった。
しかし、経験で学習するしかなかった。
「怪我してれば親が気づくでしょ?」と思われるでしょう?
僕も親は気付いてると思ってた。
気付いた上で放置していると思っていた。
だから親に助けを求めても意味は無いと思っていた。
と言うか、親がどうのってのはどうでも良かった。
ただ必死に兄の虐待欲ゲージを測るのに精一杯だったのだ。
理想のバランスをひたすらに求め続けた日々。
その甲斐あって、兄チャートを読める様になった頃。
そんな涙ぐましい努力を父がぶち壊す事になる。
そう。
父は仕事に行かなくなったのだ。
それまでの生活が一変した。
僕の生活は、より過酷なものになった。
兄は、より歪んでいった。
新時代の幕開けである。
日本の夜明けぜよ!!