僕は母に、2回ほど裏切られている。
細かいことも言い出すのなら、それこそ星の数程になるだろう。
裏切られた「2回」と言うのは、僕の母に対するものが明確に変わる程に傷付けられた出来事。
今回のお話は「1回目の裏切り」のお話。
お金の催促
僕は10代後半からひとり暮らしをしている。
ひとり暮らしをしていた兄が実家に戻って来たので、兄と入れ替える形で僕が家を出る事になった。
生活費は自分で出した。
家賃も光熱費も通信費もだ。
まぁ、これは当然の事でしょう。
しかし、その上で、月に何度も母からお金の催促が入っていた。
カーさん「チッタ悪いんだけど、今月(お金の)余裕ないかなぁ…」
僕はその当時、コンビニの深夜バイトだ。
余裕なんてあるわけがない。
母だって、僕に余裕がない事なんて分かっている。
まぁ挨拶みたいなものだ。
僕はこの「挨拶」が嫌いだった。
嫌いと言うか、これを聞くと胸が苦しくなるんだ。
その頃の僕の感じ方としては、「兄に母を人質に取られている状態。」だった。
母からのお金の催促は、兄から母へのお金の催促みたいなものだ。
僕が母を助けなければ、母は兄からのツラい目に遭わされるんだ!!
そう考えていた為に、お金の催促を断れずにいた。
家賃
当時、僕の住む家の家賃の支払いは、「僕から母へのお金を渡し」、「母が銀行に振り込みに行く」という謎システムだった。
今思えば、この「謎システム」にもっと疑問を持てば良かった。
僕はこのシステムがメンド臭くて、何度も銀行の振込カードを母に要求した。
しかし、母は頑なに振込カードを僕に渡してはくれなかった。
母の言い分は、「チッタに会う機会が減ってしまうから。」
アホな僕は、「そんなもんかなぁ」と、振込カードは諦めていた。
そんなある日、バイト先のオーナーから「不動産屋から連絡が来たぞ?」と言われた。
僕の住処は、バイト先のオーナーの知り合いの不動産屋から借りていた。
不動産屋から僕に連絡が来た記憶は無い。
おそらく、僕の携帯電話が料金滞納で止められていたのだろう。
すぐに不動産屋に連絡を入れた。
僕の住処の家賃は支払われていなかった。
裏切り
不動産屋が言うには、かれこれ半年分の家賃が滞納しているそうだ。
何故、半年も連絡が無かったのか。
「バイト先のオーナー」「不動産屋」「大家」の3者は知り合い同士だ。
この3者が気を使い合った為に、半年間の滞納を見逃してくれていた様だった。
しかし、僕は毎月確実に母に家賃を渡していた。
おそらく、母の手違いだろうと思い、母に連絡をした。
カーさん「チッタ…ごめんね…。」
手違いでもなんでもなかった。
母は、僕の渡していた家賃を別の用途で使っていた。
よし。兄を殺そう。
本気でそう思ったし、計画も立てた。
刃物で刺すなんて生ぬるい。
鈍器で死ぬまで。いや、死んでからも殴り続けよう。
そう思った。
その時の僕は、「母から裏切られた」とは気付けていなかった。
兄が悪いんだ!アイツがいなければ、全て解決する!!
そう思っていた。
怒りの矛先
「兄を殺すの?母じゃなくて?」
と思うかもしれない。
実際、今の僕もそう思う。
直接的に僕の家賃を奪ったのは母だ。
裏切ったのは母だ。
この時の僕の脳内を簡単にまとめてみよう。
- 母が僕の家賃を支払っていなかった。
- 日頃の催促では足りなかったのだろう。
- 息子の家賃に手を出さなきゃいけないほど、母は苦しんでいる。
- あの野郎(兄)まだ俺を苦しめるか!!
- ぶっ殺してやる!!
こうなった訳だ。
この「怒りの矛先」は、かなり歪んでいる。
兄を殺したところで、何も解決しないのだ!!
今の僕には分かるけど、問題自体がまるで見えていない。
この一件には、色んな問題が絡み過ぎている。
だから、怒りの矛先を正しい方向に向けられず、僕はより傷付いたんだと思う。
問題の紐解き
まずは、この一件が「誰と誰」の問題なのかを解析しよう。
先程の僕の脳内を参照して欲しい。
- 僕と母の問題 (家賃)
- 母と兄の問題 (催促では足りない)
- 母と兄の問題 (母を苦しめる兄)
- 僕と兄の問題 (僕をまだ苦しめる兄)
- 僕の問題 (K点)
1の家賃の話。
これは僕が渡していた家賃を、母が別の用途で使い込んだという問題だ。
全面的に母が悪い。
母にも事情があるが、それは「母個人」の問題だ。
今回の件は、僕は1の問題だけを追求すれば良いだけの話だ。
2と3は、母と兄との間で起きた金銭的問題だ。
結果として、母が僕の家賃に手を付ける事になるが、これは「母と兄」の問題なのだ。
強いて言えば、母が僕を巻き込んだ事で、事態が複雑化した。
4は、家賃の件とは別問題。
僕は幼い頃から兄に苦しめられたが、今回僕を苦しめているのは「母」なのだ。
兄は僕へ、直接お金を要求した訳じゃ無い。
そういう思惑が兄にもあったのかも知れないが、そうじゃないかも知れない。
事実よりも、積もった兄への感情が優先されたが為に、問題の根源を見失った。
5は、僕の「母に対する問題」と「兄に対する問題」が複雑に絡んだ結果。
僕は母から「母親」という属性で洗脳されていた。
「母親」から愛されたい。
だから「母親」を守らねば!!
母からどんな仕打ちを受けても、「母親」から「心」を縛られて、離れる事が出来ない「僕の問題」なんだ。
兄からの暴力が無くなり、兄との過去の確執を「別に気にしてねえし」と虚勢を張って、自分で「兄との問題」を見ないフリしていた。
しかし、心の底では兄を憎んだまま。
そういう、放置された「僕の問題」が、ちょっとしたキッカケで引っ張り出されてしまった。
これらが複雑に絡んだから、僕は「怒りの矛先」を向ける相手を間違う。
向けるべきで相手を間違うから、なんの解決にもならない。
「解決した問題」と勘違いした「解決されていない問題」は、心を蝕み続けた。
母に裏切られて
結果から言うと、僕は兄に何もしなかった。
母に対しても責める様なことをしなかった。
家賃の問題は、バイト先の先輩が助けてくれた。
先輩は我が家の事情を知っている。
「ポンッ」とお金を貸してくれた。
無利子で。
「ここで人生を台無しにする様なマネをしてはイケナイ。」と思い留まらせてくれた。
そんな先輩のお陰で、僕はK点を越えずにいられた。
家賃の問題は、時間はかかったが解決した。
そして、家賃の件の「僕と母の問題」も解決したと、僕は勘違いしてしまった。
母に裏切られたとも思わなかった。
事態を正確に認識出来ていなかったのだ。
そんな状態では、解決なんてするはずもない。
解決していない問題は「ワダカマリ」になる。
「ワダカマリ」が募れば、いつかは爆発するはずだ。
だけど僕の「ワダカマリ」は爆発しなかった。
それは「母親」という属性が、僕にストッパーをかけていた為だ。
「爆発」するはずのエネルギーは、何もせずに消える事は無い。
別のところで自分を壊していく。
「鬱」だったりアルコールに走るのが、その典型だと思う。
僕も心が歪み、「生きにくい」人生を不毛に生かされていたと思う。
「生きにくさ」を改善するには、まずは自分の受けた「傷」を正確に知る事が大事だと思う。
受けた傷を知る為には、問題を細分化する必要がある。
そんな事を教えてくれる一件だった。